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提灯に照らされて

by 唐草 [2023/08/27]



 暗闇にぼんやりと紅白の提灯が並んでいる。LEDのパキッとした明るさに見慣れた目には、白熱電球の光の輪郭はぼやけて映る。柔らかで頼りない光はどこか懐かしく、暗闇の中に何かが隠れる余地を残していた。
 提灯に照らされた仄暗さは、非日常で怪しくも魅力的な空間を生み出していた。そう、ここは盆踊りの会場だ。
 遡ること6時間前、買い物帰りに祭の準備に励む人々をチラッと目にした。その光景を見たときから、夜になったら盆踊りの様子を見たいと思っていた。
 盆踊りの会場は、近所の団地にある小さな広場。普段は8時にもなれば人もまばらになるような団地だが、今日は違う。行き交う人々の影が交差し、ざわめきが広場を埋め尽くしていた。広場の中央には小さな櫓が建ち、そこから四方に向かって提灯がいくつも吊るされていた。広場の隅では、素人感丸出しの出店が不格好な綿あめや光るおもちゃを売っていた。
 幼かった頃に見たのと何ら変わらぬ光景が広がっていた。
 しばらくすると櫓のスピーカーから音の割れた東京音頭が流れてきた。その音の悪さが盆踊りである。曲が進むに連れ踊りの輪に加わる人はどんどん増えていく。
 盆踊りをこの目で見るのは一体何年ぶりだろう?
 この盆踊りもコロナの影響で4年ぶりの開催。ぼくが最後に盆踊りを見たのはもっと前。ひょっとしたら10年ぶりぐらいかもしれない。
 どうして久々に盆踊りを見たくなったのだろう?
 やはりコロナで絶たれていた日常の復活を感じたかったのかもしれない。
 コロナ前からこの盆踊りは団地の高齢化で開催が危ぶまれていた。もし、コロナでの中断がなかったらなし崩し的に消滅していたかもしれない。皮肉なことに、コロナで急に開催が絶たれたショックがあったからこそ、今年こそ開催するぞという熱意が高まったようにも思う。
 祭とかに興味の薄いぼくでさえ寄ってみようと思うんだから、他の大勢がどれだけいつも通りの夏を待ち望んでいたことか。
 ぼくは東京音頭が終わると会場を後にした。背後からは風に乗って炭坑節が途切れ途切れに聞こえてくる。その風は少しだけ涼しさをまとっている。夏も終わる。