by 唐草 [2018/06/18]
やっぱり地震なんていつどこで起きるかなんてサッパリ分からないものだと思い知らされた。
先日から千葉沖がスロースリップなる現象を起こして千葉での地震が続いていた。震度5クラスの地震が起きるかもしれないという可能性が示されていたので、地理的に近いのでいつもよりちょっとだけ揺れに敏感になっていた。おかげで、近所で行われている水道工事の揺れに何度も驚かされるハメになっていた。
そんなノホホンとしたぼくの地震警戒などクソの役にも立ちはしない。
まさか大阪が揺れるなんて考えたことすらなかった。
報道を見ているといくつかの被害が上がってきている。犠牲者も出ているし、水道管が破裂したり、道路が陥没したりしている。ライフラインも止まっているらしい。現場に居合わせる個人からすれば深刻な問題が起きていると捉えられることだろう。
でも、テレビのこちら側にいるぼくからするとそこまで致命的な被害が発生していないかのようにも見える。
関西の地震というとやはり阪神大震災の印象が強い。高速道路が根元から倒れ、街が火に包まれている映像は、目を閉じれば思い出せるぐらい何十回と目にしている。それに比べると、遥かに軽微な被害に見えてしまう。
震度という尺度は日本にしかないので海外の震災と比較するのは難しいけれど、直下型でM6近い地震が起こったとは思えない映像がテレビの中に映っている。映像から感じるのは、「混雑はあるけれど混乱はない」という印象である。
入念な準備が被害を最小限に抑えているのだろうか?それとも人々が地震になれているのだろうか?阪神大震災の教訓が、成果として現れているのだろうか?それとも、ただの正常化バイアスの結果により生まれた意図せぬ整然とした空気なのだろうか?
テレビのこちらにいるぼくには何も分からない。
ただひとつ確実なのは、明日は我が身かもしれないというのにまったく現実感が伴っていないということ。知識として震災が起こりうることは知っているけれど、実感を伴って理解しているわけではない。そんなことを漠然と感じている。せめて痛感できていれば改善の余地もあるだろうけど、対岸の火事にしか見えない。