by 唐草 [2018/07/13]
先日テレビを観ていたらカモメが映った。どこかの島に生息する野生のカモメである。水に濡れても平気なツヤツヤで白い羽根。眼光鋭い金茶の瞳。流線型の尖って長い嘴。
その姿を見て思い出したものがある。
それは、我が家の白いネコである。
カモメとネコ。まったく関係のない生き物なのだが、テレビに映ったカモメには我が家のネコの面影が確かにあった。ぼくと同時に番組を見ていた家族にこのことを伝えたら、やはり同じことを感じていたとの返事があった。ぼくだけの気の迷いではなかったようだ。あのカモメには、確かに我が家のネコ的な要素が揃っていたことに疑いの余地はない。
では、逆はどうだろうか?我が家の白いネコからカモメを感じられるだろうか?椅子の上でのうのうと寝ているネコを見つめてもカモメ的な要素は一切感じられない。当然のことである。
それにしてもなぜあのカモメは、あんなにも我が家の白いネコに見えたのだろうか?
一番の要因は、たぶん目つきだろう。かわいらしい小鳥の目つきとはまったく違っていた。大自然を力強く生きる鋭さが宿っていた。でも、我が家のネコに大自然を生きる力強さなんてひとかけらもありはしない。白いネコは、ずる賢く意地が悪いネコだ。鋭さと狡猾さが重なって見えたようだ。
最大の共通点は、どちらも白いと言うことである。これは誰の目にも明らかである。でも、ただ白いことが共通しているだけではない。どちらもプラスチックのようなツルッとした白なのである。混ざりけのない工業製品のような白さ。それが共通点に見えたのだろう。
最後に尖り具合が共通項として考えられる。長い嘴の鋭さが、細身の白いネコの鼻先に通じるように見えた。まったく似つかない形状なのだが、尖っているという印象を強くあたえる要素を含む形状である。心象に残す形が共通だったとしか思えない。
と言う訳で、先日から我が家の白いネコは「カモメネコ」と呼ばれるようになった。カモメは、内にネコ的な何かを秘めた生き物なのである。