by 唐草 [2021/05/13]
ペンタブが日の目を見るときが来るなんて夢にも思っていなかった。
ぼくがペンタブを入手したのは、はるか昔の大学生だった頃。ツールさえ揃えれば素晴らしい作品を描けると夢見ていた時期だ。
皮肉にもツールを揃えて言い訳ができなくなって初めて現実を知ることになる。鉛筆と紙でできないことが、デジタル化で急にできるようになるわけがない。ぼくは最新ツールを手にしても何も描けなかった。ペンタブは、そんな当たり前のことを夢見がちだったぼくに容赦なく突きつけた。道具も大切かもしれないが、それ以上にセンスと経験と知識、そして練習が重要なのだ。
ぼくは努力を放棄した。それ以来ペンタブは眠ったままだった。
このまま一生使わないだろうけど、捨てるのは惜しい。片付け名人に聞かれた怒られてしまいそうな発言だが、そんなあやふやな考えのまま十数年キープしていた。ただ朽ちるのを待つだけの状況を一変させることになったのは、驚くべきことにコロナである。
遠隔授業で困ることの1つが板書。ぼくは漢字を書けないことを学生に隠すためにあまり板書しない。その代わりにホワイトボードに投影した画面にマーカーで書き込むというスタイルで授業をする。遠隔授業でも同じことをしようとしたのだけれども、マウスでは円どころか直線すらまともに描けなかった。
ペンとマウスには越えがたい溝がある。Appleペンシルを使うために新しいiPadを買うしかないのだろうか?過去の反省を活かせず最新機器ならなんとかしてくれるとまたしても考えていた。
ふと、ペンタブの存在を思い出した。古すぎて使えるか怪しかったがダメ元で試したらどうにか使えた。
そして迎えた授業。教室でペンを使うのと同じようにスラスラとメモや図形をディスプレイの中に描くことができた。間違いなくぼくの遠隔授業がレベルアップした瞬間だった。
現実を思い知ったあの日から十数年が経過して、当時想像もしなかった現実を迎えた2021年にぼくのペンタブが初めて輝いた。