by 唐草 [2019/12/05]
前に書いたが、職場の食堂の麻婆豆腐がなかなか美味しい。麻婆豆腐にはうるさいぼくを満足させられる品だ。ちゃんと辛いのだ。大勢が利用する食堂のメニューは、たいてい万人受けを狙ってマイルドな仕上がりになっている。「不味いわけではないけれどパンチが足りない」という感想を抱くことも少なくない。それなのに麻婆豆腐だけはしっかり辛いものを出しているのは、英断と呼んで差し支えないだろう。
しかも、嬉しいことに唐辛子だけで辛いのではない。しっかり山椒を効かせて辛いのだ。舌がしびれることを売りにしている成城石井の3倍山椒麻婆豆腐に比べたらずっとマイルドかもしれない。それでも、山椒の香りと味に満足できるぼく好みの味付けなのである。
でも、山椒に酔いしれていたのは、ぼくだけだったのかもしれない。日替わりランチに麻婆豆腐が登場するたびに、提供のされ方が変わってきた。
初めの頃は、厨房側が問答無用で山椒をかけていた。調理した後の追い山椒に感激したのを覚えている。しばらくすると、山椒をかけるかどうかをお客ごとに聞くように変わった。中には山椒が苦手な人もいるだろう。そういう人への配慮だったに違いない。
そして今日、さらにシステムが変わっていた。山椒が、醤油や胡椒と同じようにセルフサービスになっていたのだ。厨房側の手間を減らすという意味もあるだろう。でも、それだけではないとぼくは睨んでいる。
山椒はほしいけれど、ほんのちょっとでいいという客が多かったに違いない。ぼくを満足させるほどの量をふりかけてしまったら、普通の人には辛いのかもしれない。辛味に対する抵抗力は十人十色なのでセルフにしたほうが、みんなの幸せにつながるだろうという判断だとぼくは考えている。
セルフ化は、ぼくにとって最高の改善だ。カレーライスのルーが変更になったとき以来の大改革だと評したい。
いつもぼくは「もっと山椒をふりかけてほしい」と静かに目で訴えていた。流石に声に出すほどは厚かましくはない。でも、その無言の訴えは通じたことはなかった。そんな無駄な努力も今日で終わりである。自分が満足するまで山椒を振りかけられるのだ。ボトル1本全部使う気で振りかけることだってできるのである。
山椒ジャンキーにとって最高の環境だ。
まるで何かに取り憑かれたかのように一心不乱に山椒を振りかける。そんなぼくの姿を奇異なものを見るように見つめる隣の人の視線が、なによりも辛かった。