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1.5輪車

by 唐草 [2019/12/04]



 家路を急ぐぼくが自転車にまたがったのは、行き交う人々や車の喧騒であふれる駅前の交差点だった。駅から離れる人々と、駅に向かう人々が襟を立てながらすれ違っていた。
 騒がしい街中では、並んで歩く者どうしの声さえも聞きづらい。自転車のタイヤが地面を蹴る音も、ギアとチェーンがぶつかる金属音も雑踏の中に消え去ってしまう。でも、多摩の片田舎にある駅の賑わいなんて本当に限られた狭い範囲だけである。200mも走れば、周囲のざわめきは消えていく。
 静かな道に出たときのことだった。自転車がイヤな音を立てていることに気がついた。シュッシュと規則正しいペースで何かが擦れる音である。この音は、何度も聞いたことがある。厄介ごとの名刺のような存在の音である。
 音の正体は、車輪の金属製のリムとブレーキパッドのゴムが擦れている音である。
 音の発生原因はいくつも考えられる。よくあるのがブレーキ設定ミス。自分でパットを交換したり、パッドの摩耗に合わせて調整をしたものの、ゴムを支える左右のバネのバランスが悪いと起こる。また、自転車を倒されたりしてホイールが歪んだときにも起こる。こうなってしまうと常に軽くブレーキがかかっているのと同じだ。風を切ろうといつものようにペダルを踏み込んでも、背中を引っ張られているかのように進まなくなる。
 耳に聞こえる不調の原因にまったく心当たろがない。ブレーキには触っていないし、自転車で転んでもいない。いったい何が原因なのだろう。ブレーキの様子を確認しようと前輪を見ながらブレーキレバーを握った。その瞬間、目を疑うような現象が発生した。 
 レバーを握ると車輪が右に寄るのだ。何度やっても同じだ。目の迷いではない。
 これを見てハッキリと理解した。今、ぼくが跨って車道を走っている自転車の前輪は外れかかっている。車軸が壊れたのか、はたまたフレーム側の軸受が壊れたのかはわからない。でも、今まさにタイヤが外れようとしていることだけは確かだ。
 その事実に気がついたぼくは、3kmの道のりをいつタイヤが外れてもいい覚悟を胸に秘めて進んでいった。降りて引くという発想はぼくにはないのである。今思えば、危機感ゼロの愚かな判断だ。
 幸いにも無事に家へとたどり着けた。工具を片手に自転車を確認したら、前輪を支えるナットが手で回せるぐらい緩んでいた。ネジの締りを確認するという基本を怠った怠惰さが招いた危険な時間だった。