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大好き!陰謀論

by 唐草 [2019/06/01]



 前にも書いたが、ぼくは陰謀論が大好きだ。
 「米軍の兵器は宇宙人の技術をベースに開発されている」とか、「世界の政治は、(世界一有名な)秘密結社であるフリーメーソンが牛耳っている」とかそういうやつだ。あとは、日本人とユダヤ人のルールは共通だとする「日ユ同祖論」とか、英雄が同一人物だったと唱える「チンギス・ハーン=源義経説」、ローカルな話題を持ち出せば「青森にあるキリストの墓」とかそういう話も大好物である。
 初めに断っておかないと誤解されそうなので書いておくが、ぼくはこれらの説を微塵も信じていない。完全に嘘だと考えている。
 でも、こういう陰謀論自体は大好きである。信じているということと好きというのは相反するものではない。重度のオタクが、アニメの登場人物が非実在であると知っていながら恋に落ちてしまうのと同じようなものかもしれない。
 架空の存在、つまり嘘だから楽しめるのである。
 だが、ぼくは『SCP財団』は好きになれない。読んでいても、まったく心に響かないのである。
 この違いはどこから来るのだろうか?
 興味のない人からすれば、どちらも鼻で笑ってしまうレベルの嘘である。でも、ぼくのような愛好者からすると相容れがたい相違がある。
 陰謀論は、事実をベースにしているのである。発端となるある事実を出発点にして、少しずつ事実を掛け違いながら紡ぐ嘘が陰謀論なのである。一方のSCPは完全なフィクションである。だからこそ、陰謀論には嘘を暴く楽しみが残されている。意図的に掛け違えられた嘘を注意深く取り除いていくことで、綻びが見えてくる。これを突き詰めていくのが、最高に楽しいのである。場合によっては、2つの陰謀論同士が相互矛盾を引き起こしていたりすることもあるだろう。
 嘘を暴くのも楽しいが、同じように嘘を編み上げていくのも楽しい。同年代に生きた2人の人物を同一視してみたり、同じ時期に起きた無関係な2つの事実を関係があるように語ったりすることで物語は形作られていく。陰謀論は、歴史というピースでパッチワークをする遊びなのである。漫画家の諸星大二郎先生の初期の歴史作品は、陰謀論の教科書のような作品である。
 ぼくの夢は、先に挙げたような有名な陰謀論に新たな1ページを追加することである。ネットの片隅で愛好者がキャッキャウフフと喜べるような事実を掛け違えた上質な嘘をつくために、今日も史実を追いながら空想の世界に旅立つのである。