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デイ

by 唐草 [2020/01/03]



 何年か前から「メリークリスマス」という言葉を耳にしなくなった。その代わりに「ハッピーホリデー」という言葉が台頭してきている。これは妙な和製英語に支配されている日本だけの状況ではなく、むしろ欧米での言葉の変化に追随した結果だそうだ。
 年末年始の休日が十把一絡げに「ハッピーホリデー」という言葉に集約されたのは、「メリークリスマス・アンド・ハッピーニューイヤー」という舌を噛みそうなほどに長い名称に嫌気が差したからというわけではない。今、世界に浸透しつつある多様性への配慮の結果が招いた言葉の変化らしい。
 本来クリスマスを祝うのはキリスト教徒だけだ。他の宗教を信じる人にしてみれば、2000年ぐらい前に生まれたとされる大工の息子の誕生日なんてどうでもいい話。だから他の宗教の人に配慮して宗教色をなくそうとした。そんな宗教によらない表現が「ハッピーホリデー」なのだそうだ。
 だが、「ハッピーホリデー」という言葉は、本当に十分な多様性を重んじられているだろうか?そうは思えない。
 年末年始に不幸がありハッピーではない人も大勢いるだろう。そういう人の気持ちを考えたら軽々しく「ハッピー」と口にすることは憚れる。最低でも「ホリデー」と言うべきである
 いや、年末年始にも忙しく働いて社会を支えている人がいる。彼らの勤勉な働きを無視して世界中が休みのように「ホリデー」と連呼するのは視野の狭い振る舞いである。働いている人のことも考えて「デイ」と呼んだほうが、より多様性に根ざした表現になるだろう。
 ここまで考えて、あることを思い出した。
 これってもはや言葉狩りだ。しかも、小説『1984』に登場する言葉を制限して思想をコントロールする「ニュースピーク」と同じである。「ニュースピーク」では、「悪い」という言葉は「良くない」に置き換えられる。このように否定的な言葉をなくすことで体制への批判を行う語彙を消滅させるシステムとして描かれている。ビッグブラザーはすでにぼくらの近くにいるようだ。
 ニュースピークの話は冗談だとしても、クリスマスを祝いたいと願うキリスト教徒への配慮はどうなってしまったのだろうか?多くの主義主張を認め合うことを良しとするはずの多様性が、ある人々の思想を抑圧しているように思えてしまう。
 誰も彼もが口をつぐんで平穏を装う多様性なんて、ぼくはいらない。