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おいしいプリンとは?

by 唐草 [2019/04/10]



 先日、1個350円の高級なプリンをゲットした。なんでも卵の質にこだわっているとか。どう質が高いのかはわからないが、1玉60円の高級卵をふんだんに使っているという触れ込みだった。プリンの大きさは、缶コーヒーの缶の半分ぐらいととても小さい。きっと誰もが「この大きさで350円!?」と目を丸くするに違いない。他人の金でゲットしたプリンだが、ありがたがって食べないと罰が当たりそうなオーラがあった。
 「ありがたや。ありがたや」と昔話に出てくるお婆さんのように唱えながら、高級プリンを食べた。スプーンで豪快に食べると3口ぐらいで終わってしまいそうなので、お上品に少しずつすくって食べるように心がけた。とはいえ、ぼくがそんな食べ方をしても貧乏くさくチビチビつついているようにしか見えなかったかもしれない。
 結論から言えば、このプリンはとても美味しかった。強気な値段にも納得できる濃厚な味だった。だが、ぼくは自分が食べたものをプリンと断言できないでいた。
 高級プリンは、いわゆる「やわらかプリン」の一種だった。普通のプリンよりはずっと柔らかい。容器を逆さまにしたら、ドロっとゆっくり垂れてきそうな感じだった。また、やわらかプリンなのでカラメルソースもかかっていなかった。プリンを食べているというより、濃厚なカスタードクリームを啜っているという感じだった。
 食べ終えたぼくの心には、満足感と物足りなさが同居していた。
 卵の味を感じられる濃厚なクリームは間違いなく美味しかった。卵の滋養が体の隅々まで流れていく感じすらした。舌と胃は大満足だと告げている。でも、美味しいプリンを食べられると高ぶっていたぼくの心は満たされていなかった。プリンのために空けておいた席は空いたままだ。ぼくが食べたものは、ぼくの頭の中にあるプリン像とはあまりにかけ離れていたのだ。例えて言うなら、蕎麦を食べようとしたのにうどんを出されたようなものである。
 美味しかったけれど物足りない。という奇妙な感覚だけが残っていた。やはりぼくたちは、脳でものを食べているんだと実感せざるを得ないプリン体験だった。
 では、ぼくの頭の中にあるプリンの理想像に最も近いイデアのプリンとはどのような存在なのだろう?しっかりした弾力のある食感、ビターなカラメルソース、素朴なお菓子らしい飾らなさ、そしてお腹いっぱい食べたと感じられる大きさと重さ。これらの要素が理想のプリンには欠かせない。いくつものプリンがぼくの頭の中をよぎったが、成城石井のプリンが最後まで残った気がする。今のところ、成城石井のプリンが暫定1位のプリン。これを超える理想のプリンに出会いたいものだ。