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席を譲ろう

by 唐草 [2022/06/19]



 先日、母がプリプリと小さな不満をこぼしていた。話を聞くと電車で席を譲られたことにショックを受けたそうだ。席を譲られるほど年老いて弱々しく見られたことに納得ができないようだった。
 席を譲ってくれたのは女子高生らしい。女子高生からすれば年金受給者世代なんて縁遠い世代。祖父母ぐらいしか顔を知らないだろう。相手が60代か70代かなんて言うのは見分けられるはずもない。一様に老人と括られてしまっても仕方がない。それは老世代が若いアイドルの顔が皆同じに見えるのと一緒。老いも若きも自身と異なる世代なんてみんな同じモブのようにしか見えていないらしい。
 母は、譲られた席を断ったそうだ。面倒くさい老人の判断にも聞こえるが、意図せず席を譲られると「ありがたさ」より「恥ずかしさ」が勝るもの。ぼくも高校生の時に体調が悪そうに見えたのか席を譲られたことがあったが、断ってしまった経験がある。
 こういう出来事を踏まえると「お年寄りには席を譲りましょう」という道徳教育に基づく善意は、必ずしも善意のまま相手に伝わる訳ではないということが分かる。
 席を譲るという行為は、ひどく意地悪な見方をすると「あなたのことを年老いた弱者と見做しています」と宣言するようなものである。
 もちろん母に席を譲ろうとした女子高生は、そんなことを微塵も考えていなかっただろう。ただ純粋な善意で行動したのだと思う。
 でも、厄介なことにその純粋な善意が、純粋であるがゆえに相手を傷つけることがある。今回がまさにそのケース。まだ元気だと信じる母のプライドを叩き割ってしまったようだ。女子高生も自分の善意が受け入れられなかったのは不本意だったことだろう。
 きっと電車の中は、少し張り詰めた居心地の悪い空気になっていたに違いない。
 「だから、席なんて譲るべきではない」なんてことは言わない。ただ、自分の善意が相手にとっても等しく善いものではないかもしれない。そんな気遣いも必要かもしれない。
 ちなみにぼくが全然席を譲らないのは、最近のジジババは本当に元気で若いと思っているから。嘘じゃないよ。