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シャチハタの行方

by 唐草 [2021/07/30]



 昨年の緊急事態宣言下でハンコを押すために出社しているサラリーマンのインタビューが話題になったように記憶している。感染予防より昔ながらの捺印が重要というのは滑稽な話だ。その後ハンコ廃止の方向に進む流れが生まれるかと思ったが、そんなことは全然なかった。好きな角度に傾けて押せる電子印鑑という悪いところの折衷案みたいなサービスが花開いただけだった。
 ぼくもハンコに振り回されている大勢の内のひとり。今日もハンコを押すためだけに出社した。
 職場も感染予防の徹底を厳命しているのにハンコのためだけに出社させるのはおかしいことに気づき始めてはいるようだ。書類のPDF提出を導入し始めている。ただし、PDF提出するには印刷して捺印したものを各部署にある複合コピー機でスキャンして送信するという手順が推奨されている。捺印が必要なことも出社が必要なこともなにも変わっていない。これでDXとか言っているんだから頭が痛くなる。
 今日は何枚もの紙にハンコを押した。用紙の仕様ごとにハンコを押す場所や数はまちまち。押印と捺印の違いを考えることもなく機械的押していく。
 昼休開けに続きのハンコを押そうと思ったらデスクの上からシャチハタが忽然と消えていた。引き出しの中にも、鞄の中にも無い。小さなものなので何処かに紛れ込んでしまった可能性もある。まるで隠された金目のものを物色する強盗のように部屋中を引っ掻き回したが、見つからなかった。ほんの30分ぐらい前まで押しまくっていたというのに。ここまでして見つからないとなると、むしろ午前中にハンコを押していたという記憶が偽りなのではないかとさえ思えてくる。
 狐につままれたような気分のまま荒れ狂った部屋の片付けを始めた。ハンコが見つからなかったら今日出社した意味の半分はなくなってしまう。どうせシャチハタでいいんだから近くの文房具店に買いに行けばいいか。そんなことを考えながら手を動かしていた。
 メガネケースを持ったときだった。空っぽのはずのケースの中からコトッという小さな音がした。まさかと思ってケースを開くとそこに黒いシャチハタが収まっていた。なぜ、そこに?