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指が動かない

by 唐草 [2021/07/21]



 職場のサーバにログインしようとしたら本当にヤバい事態に陥った。これまで様々なPC関連のトラブルに遭遇して、何度も生死の境をさまようような痛い経験をしてきた。今でもハードディスクがカッコンカッコンと死の音を奏でたのはトラウマだ。世界から消え去ったデータも数多くある。そんな状況をくぐり抜けてきたぼくでさえも、背筋が凍るような状況に直面していた。
 この3年間使い続けてきたパスワードを突如思い出せなくなってしまったのだ。
 毎日何度も打つパスワードなので、頭で覚えていると言うよりも指が覚えていると言ったほうが正確だろう。パスワードを頭で唱えることなく、自分の名前を打つのよりも早く正確に打つことが出来ていた。それなのに突然ログインできなくなってしまった。Capslockが入ったままなんて初歩的なことでもないし、キーボードのキーバインドが狂ってしまったなんてこともなかった。機器はすべて正常だった。
 ハッキングによってパスワードが変更されたという可能性を考慮する方もいるかもしれない。幸か不幸かその可能性はゼロだ。外部から侵入できないところにあるローカルなサーバだからだ。ログインできない理由は、ぼくがパスワードを忘れてしまったこと以外にありえない。
 パスワードを打とうとしても指が動かない。一文字一文字ひねり出すように記憶を探ってたどたどしく打ってもエラーが表示されるだけ。脳の中から完全にパスワードが欠落してしまったかのようだ。
 「たかだかパスワードを思い出せないだけ。ネットのサービスを久しぶりに使おうとしたらよく起きることじゃないか」と思う方もいるだろう。だが、半年に1回打つか打たないかのパスワードではなく、1日5回は入力しているパスワードなのだ。普通にしていたら忘れるはずがない。
 それは焦りなんて生易しいものではない。自分の名前を思い出せないぐらいに恐怖した。もっと言えば、自分の記憶が信じられなくなってしまった。
 最終的にはどうにか思い出せたとは言え、30分ぐらい自分が自分ではない奇妙な感覚に囚われ続けていた。