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動く床の罠

by 唐草 [2021/07/07]



 駅の階段を登ろうとしたときだった。階段の上の方で爺さんが手すりにしがみついているように見えた。トラブルでも起きているのだろうか?人だかりができてはいないので無事なのか?それともぼくがそうであるように無関心なだけなのだろうか?
 このまま爺さんが転がり落ちてきたらマズイなと思いながら、ぼくは階段を登り始めた。脚を進めるにつれ状況が見えてきた。
 爺さんは手すりにすがっているように見えたが、動けないのではなかった。スローモーションのようにゆっくりと脚を動かし、周りの人達が4段降りるぐらいの時間をかけて片足を次の段に進めていた。その動きは、錆びついた機械を無理やり動かしているようで見ている方が辛いほどだった。
 模範的な人間なら爺さんに手を貸すべきなのかもしれない。でも、ぼくはそのことを思いつく前に別の疑問で頭がいっぱいになってしまった。
 爺さんは、なぜ階段を使ってホームに降りようとしているのだろう?という素朴な疑問だ。昨今の駅はバリアフリー化が進んでいる。エレベーターやエスカレーターがあるのが普通になってきている。
 先日、足を痛めたぼくはこの身でバリアフリーのありがたみを実感したばかり。エスカレーターのおかげで難なく駅を利用することができた。爺さんだって、エスカレーターを使えばいいのに。
 爺さんとすれ違った瞬間に、不可解に思えた爺さんの選択理由を理解できた。
 爺さんの歩行速度は、エスカレーターの速度よりずっと遅い。だから、エスカレーターに乗れたとしても安全に降りられない可能性があると判断したのではないか?ぼくも身動きできないほど混雑した状況でエスカレーターに乗せられて、動けずあわや将棋倒しという怖い体験をしたことがある。エスカレーターは便利な道具だけれども、流れに乗れないと急に牙を向いてくる恐ろしい機械でもある。
 もしこの推理が正解だとすれば、エスカレーターはバリアフリーどころか新たなバリアになりうるということである。世の中には、元気だと気が付けない罠が山ほぼ潜んでいるのだろう。