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猫の隠れ家

by 唐草 [2020/07/10]



 猫という生き物は暗くて狭い場所が大好きだ。数千年前まだ野生だった頃の本能がそうさせると言われている。自分より小さな箱に体をねじ込んでみたり、頭がぎりぎり通るぐらいの小さな隙間を通り抜けようとする。だから、同じ部屋にいても猫の姿が見えないことは日常である。カーテンの裏やベッドの下、無造作に置かれた段ボール箱の中なんかで得意げな顔をしているのである。
 そんな生き物にとって押し入れは、かっこうの隠れ家である。別に何かに怯えて隠れているわけではない。人間の小さな子供が大人からは見えない(と思っている)秘密基地で遊ぶ感覚と似ているのだろう。我が家の押入れも例外ではない。
 猫にとって押し入れがベストな巣穴なのかもしれないが、それは人間からすると厄介なことである。押し入れの中を立体的に動き回ってありとあらゆる収納物をかき混ぜでしまうからだ。猫が入った後に押し入れを開けると、いろいろな物が雪崩のように落ちてくる。猫の侵入を拒もうとして押入れの戸を閉めるだけではダメだ。しなやかな猫手を使って軽々と戸を開けてしまう。
 人間は、猫を押入れに入れたくないと知恵を働かせる。例えば、押し入れの戸につっかえ棒を置いて開かないようにする。もちろんこうすれば、猫の押し入れ侵入を防ぐことはできる。でも、別の被害が生まれるのだ。
 猫は強情な生き物なので、意地でも戸を開けようとしてあらん限りの力を振り絞る。しなやかな筋肉と鋭い爪で戸をガリガリと引っ掻き回す。その姿は鬼気迫るものがあり、開かぬ戸など打ち破ってしまえと言わんばかりである。だから猫との攻防の果に残るのは、破壊され尽くした家屋だけなのである。いっそのこと初めから猫と戦わなければよかったと思うほどに無残な姿が残るだけだ。
 こうして我が家の押入れは戸を失いかけている。かろうじて引き戸の形を保っているが、フレームは爪で削られガタガタだし、壁紙も爪の跡でボロボロになっている。その姿は、幽霊屋敷のようである。
 そんな惨状を目の当たりにして、人間は再び考えた。
 もう押入れに戸をつけるのは止めよう。ロールスクリーンにして、猫の出入りを完全に許そう。十数年に渡る攻防の末に人間の至った結論は猫への白旗だった。