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午後の優しい光に照らされて

by 唐草 [2020/05/08]



 古くから芸術家のアトリエの窓は、一般的な住宅とは異なり北向きと相場が決まっている。南向きの窓から直接光を取り込むと太陽の動きに合わせて影が動いてしまうからだ。これはじっくり時間を掛けて絵を描くときに大きな問題となる。だから、北向きの窓から間接光だけを取り入れることで太陽の位置による影響を小さくしている。きっと多くの芸術作品が北から降り注ぐ優しい光の下で作られてきたのだろう。
 我が家も午後になると北側の窓から横向きの光が入ってくるようになる。様々なものに反射した間接光なので、エッジのくっきりした影が落ちるような強い光ではない。差し込むと言うより、そよ風のように入ってくるというという表現がピッタリの淡い光だ。
 そんな光が我が家の階段を照らすと、あるものを浮かび上がらせる。
 壁に無数につけられたネコの爪痕である。
 午後の優しい北からの光は、我が家に巣食う凶暴な肉食獣の狼藉の跡を浮かび上がらせるのだ。そうすると途端に家の雰囲気があばら家のように変わる。
 不思議なことに真上から照らす照明の光では、爪痕は浮かび上がらない。小さな窓から横向きに差し込む午後の光だけが、痛々しい傷跡の存在を教えてくれるのである。
 ネコという生き物は、見た目の可愛さから多くの人に愛されてきた。今ではネット中を可愛らしい猫の動画が飛び交っている。一度も本物のネコを見たことない人でさえ、その魅力に取り付けれているだろう。
 だが、絶対に忘れていけないことがある。どんなに可愛い見た目をしていても騙されてはいけない。ネコは、虫や小鳥、トカゲなどを虐殺するために進化してきた凶暴な肉食獣であるということを。両手両足にはカミソリ刃のような爪があり、顎には肉を食い破る鋭利な牙が生えている。それらの刃を全身のしなやかな筋肉を駆使して振り回すのである。カワイイ毛玉なんて言うのは上辺の姿だ。本性は破壊を好む小さな悪魔と呼んでいいだろう。
 ネコが遊んでいる時に興奮しすぎて少しでも野生を取り戻してしまえば、それは家の中で小さな竜巻が発生したのと同じである。
 普段は見て見ぬ振りをしている壁につけられた無数の傷跡。午後の優しい光は、容赦なく傷を浮かび上がらせ、ネコの本性を照らすのである。