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興奮を得る道具

by 唐草 [2019/10/15]



 先日、Mac miniを延命するために1枚のメモリを購入した。メモリの交換を行ったことで、本体からはじき出されるように今まで使っていたメモリが余ってしまった。DDR3規格の2GBのメモリである。今の感覚だと容量不足な印象が否めないが、古いPCに増設できれば、ドミノ倒しのような感じでいくつかのPCの延命を図ることができるかもしれない。
 さっそく、部屋に無造作に積まれ埃を被ったままのPCを開けて中を覗いていった。だが、余っていたメモリが刺さるPCは一台もなかった。ぼくの部屋で眠っていたのは、どれも10年以上前のPCばかり。メモリは、DDR2世代だった。
 結局、余ったメモリを再利用することはできなかった。気が付けば、ぼくの部屋は中途半端に分解された6台のPCで埋め尽くされていた。その光景は、ゴミ溜にも見えるし、凶暴な肉食獣が草食獣の群れを暴力的に食い散らかしたようにも見える。でも、ぼくの目には全然違う光景に写っていた。
 PCオタクにとって、その光景は宝の山である。いや、ある種のポルノとさえ言っても過言ではない。肉体的な興奮はないが、ぼくの精神は赤や緑の規則正しい基盤に魅入られ、その間を蛇のように這いまわる原色のケーブルの束の虜となっていた。
 手元に転がっているPCは、ぼくが使ってきた歴代のPCたちだ。初代カラクサラボサーバを務めたDELLのマシーン。秋葉のショップが勝手にカスタムした結果、フロントパネルのシールと中身が一致しないWindows xpマシン。そして、突然死した2代目カラクサラボサーバのHPマイクロサーバ。どれにもぼくの歴史が詰まっている。
 現役を退いたのには訳がある。どのPCもどこかしら小さな不調が現れているのだ。メモリが少なすぎたり、電源やハードディスクが壊れている。
 確かに1台では、満足に起動させることすらできないかもしれない。電源が入らないものすらある。でも、それらのPCを組み合わせれば、つまりお互いの故障個所を補い合えば復旧できるのではないだろうか?ニコイチどころかサンコイチな感じでPCを復旧させたくなった。
 その過程が、今日の写真である。ケースから取り出されたマザーボードにむき身の電源が接続されている。ハードディスクは床置きである。その結果、2代目サーバを復旧できる見込みが立った(ケースはないが)。
 硬くて小さなPCパーツを何度も抜き差ししていたので親指が痛い。部屋はゴミ箱をひっくり返したように荒れ狂い、文字通り足の踏み場すらない。でも、PCパーツの山に囲まれて古い機械を復旧できたぼくは、大きな充足感に包まれている。PCパーツの山は、ぼくにとって実益のあるポルノである。