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笑いの翻訳

by 唐草 [2019/08/04]



 アメリカンジョークは、軽い皮肉が持ち味だろう。直接的に言及するのではなくちょっとひねった感じの物言いが独特である。皮肉ではあるけれど、悪意ある嫌味の一歩手前で踏みとどまっているのがイギリスの冗談とは違う点だ。例えばこんなジョーク。
 
 2人の男があるレストランに初めて入った。
A「この店はうまいに違いない」
B「まだメニューも見ていないのにどうして分かるんだ」
A「だれもケチャップを使っていないからだよ」
 
 アメリカンジョークの存在を知った時ぼくは「アメリカ人の大人ならこういうウィットに富んだジョークをTPOにあわせて自在に使いこなせるんだろうなぁ」と感心したものだ。それに対して日本のオッサンが言う冗談のレベルと言ったらなんと低いことか。下ネタかダジャレしか言わない。どう考えても日本人のオッサンの笑いのレベルは、小学生の時から変化していないようである。あぁ、これが日米の決定的な差なのか。せめて、ぼくはダジャレに頼らず笑いのとれる大人になりたいものだと思ったものだ。
 だが、後にぼくの認識が間違いであることが発覚した。海外の映画やドラマ、そしてゲームに触れている内に英語圏にもオヤジギャグと同様に一蹴される類のダジャレがあるという事実を知ったのである。誰もがスマートなアメリカンジョークを操れるわけではないのである。一安心だ。
 先日、あることにはたと気づいた。
 ぼくがドラマなどで見たつまらないダジャレは、日本語に翻訳されていた。つまり、翻訳家がつまらなさを維持したまま日本語のダジャレに置き換えているのだ。この作業って、無茶苦茶レベルが高い翻訳なのにほとんど評価されない悲しい作業なのではないか?
 同音異義語を使ったダジャレの場合、直訳したら意味不明になる。それは「布団が吹っ飛んだ」を直訳すると"A blanket blew away."となってダジャレであることすら分からなくなってしまうのと同じだろう。きっと翻訳物に出てくるダジャレはどれも翻訳家の力作なのだろう。
 翻訳家は、いったいどんな気分でつまらないジョークを訳しているのだろう。真顔で心底くだらないとウンザリしながら翻訳しているのだろうか?それもと内心ではおもしろいと思いながらダジャレを考えているのだろうか?
 そして、つまらないギャグをきちんとつまらないギャグに訳せた時、それを「つまらないギャグを考えたものですね」と評されたらどんな面持ちになるのだろう?
 笑いのための努力は、きっと計り知れないものなのだろう。
 
「ドラキュラが死んだのは何時ごろ? じゅうじかな」(from Fallout 76)