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リセマラを笑えない

by 唐草 [2019/04/25]



 最近のスマホゲームは、リセマラが必須という話を何度か耳にしたことがある。ぼくもスマホゲームで遊ぶことはあるが、アプリをアンインストールするようなリセマラを行ったことはない。せいぜい引き直し可能な最初のガチャを5回ぐらい回す程度だ。これだって最高レア度のキャラを狙っているというよりも、どんなキャラがいるのかを確認するために回しているだけ。
 ゲームの楽しみ方は、人それぞれ。ランキング上位を目指して研鑽(と課金)に明け暮れても良い。反対にぼくのように無課金で遊べる限界を探すのだっていい。様々な遊び方があることは重々承知している。これが多様性を理解する大人な振る舞いだ。
 でも、振る舞いと本心は別物。残念ながらぼくは、そこまでできた人間ではない。心の中には、偏見と差別がデカイ顔して居座っている。面と向かって口には出さないけれど内心では、リセマラに明け暮れている連中のことをバカだと思っている。ゲームに熱くなるのは結構だけど、終わりの見えない運任せの作業に時間を費やすのは遊びでも何でもない。目的のキャラやアイテムがゲットできたときの喜びはひとしおかもしれないが、それまでに溜まったストレスを上回るほどの喜びなのかは疑問が残る。
 終わりの見えない運任せの作業でも、せめてハクスラゲームぐらい面白ければ良い。でも、リセットとアンインストールにそんな興奮は無いだろう。
 こんな具合にぼくはリセマラを心底バカにしている。
 だが、鏡で己の姿を見ながら同じことを言えるだろうか?
 昨日アップデートが配信された『Fallout 76』。新要素にカメラが追加されたのだが、それを入手する流れが完全に運任せだったのである。広大なマップの何処かにランダムで現れる遺体から遺品のカメラを回収することでイベントが始まる。4km x 4kmのマップの中からランダムで出現場所の変わる人物1人を探し出すなんてまさに砂山から針を探すのと同じである。個人の力ではとても探し出せない。
 ネットを介した数の暴力で出現ポイントがいくつかまでに絞られてきた。それでも全部判明したとは限らない。リストに掲載されている場所をすべて巡っても見つからない可能性だってある。
 そこで編み出されたのが、通称「リログ」と呼ばれる再ログイン作戦だ。遺体のあるサーバにたどり着くまで遺体出現エリアでログアウトとログインを繰り返すという地道な作戦。まるで世界線漂流のようだ。結局ぼくは遺品を見つけるまで2時間かかった。何度リログしたかは、もう覚えてはいない。
 この不毛で運任せで終わりの見えないログインの繰り返しは、まさにリセマラと同じである。結局、効率を求めると行き着く先は同じなのかもしれない。
 なお、リログ作戦実行中に一瞬だけ現れる人影を何人も目にした。どうやらぼくと同じようにリログを繰り返しているプレーヤーが多数いたようだ。不毛な時間だったが、謎の一体感を感じたのも事実である。これがオンラインゲームの面白いところ。