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木を切りました

by 唐草 [2019/01/09]



 この前の日曜日、我が家でリフォーム以来の大きな変化が起こった。我が家の正面に生えていた3本の庭木の内、2本を切り倒したのである。切られてしまったのは、ここでも数回話題にした栗の花のように臭い花を咲かせ、切っても切ってもめげずに伸びまくる木である。
 この木との格闘の歴史は四半世紀を超えている。初めの頃は通販番組でよく紹介されている長い竿の先にハサミのついた高枝切り鋏で剪定を行っていた。でも、枝先を適当に切り落とすだけの剪定は、長い目で見れば大きな間違いだった。枝が好き放題に伸びてしまい、不格好な樹形へと成長していってしまった。木の成長は続き、いつしか高枝切り鋏では歯が立たなくなってきた。木が高くなったのも理由の1つだが、枝がたくましくなりすぎてハサミでは切れなくなってしまったのである。
 ここでぼくの装備は、変化をむかえる。楽をするための高枝切り鋏を捨てて、脚立とノコギリを使うようになった。ちょっとだけ本職の植木屋に近づいたのである。でも、近づいたのは装備だけ。樹木の知識もないし、ノコギリの上手な使い方も理解していなかったので成長する木の勢いを止めることはできなかった。ぼくが懸命にノコギリを振るっても、木は非力なぼくを嘲笑うかのようにグングン枝葉を茂らしていった。
 もう、素人の手には負えない。以降は、数年に一度本業の植木屋を頼むようになった。
 庭木は目隠しの役目も果たしていたし、夏の日差しを防ぐ役割を担っていた。何より家に緑があるということが良かった。成長の激しさに振り回されていたのも事実だが、それを容認できる魅力もあったのである。
 しかし、完全に木を切るに至ってしまった。業者に頼んでチェーンソーで切ってもらったのである。
 それには深い理由がある。木の成長は目に見える枝葉だけではないということを忘れていた。気がついたら木の根が、我が家のコンクリートの土台を引き裂いていたのだ。このまま手をこまねいていたら家が本当に傾いてしまうかもしれない。という訳で、泣く泣く伐採するに至ったのである。
 木を切って数日経つ。だが、その光景にはまだ見慣れてはいない。外から見た我が家は、なんだか丸裸のようでなんとも頼りない。敷地をはみ出さんばかりの勢いで茂っていた木が、ありふれた民家に豪勢なボリューム感を与えてくれていたということを痛感している。また、日中のリビングが眩しいほどに明るくなってしまった。まるで屋外のような明るさである。
 どうも我が家という感じがしない。切って初めて分かる木のありがたみである。