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闇の中へ

by 唐草 [2018/12/24]



 今日は停電の日である。
 停電というと自然災害に端を発する障害という印象が強い。身近な停電というと落雷や台風による電線の断線の影響が多い。この秋の北海道の大停電は地震がキッカケだった。それ以外の停電というと震災直後の計画停電が思い出される。冷蔵庫の音すらしない電気の絶たれた静かな数時間を忘れることは無いだろう。
 今日の停電は、上に挙げたたぐいの停電ではない。施設点検の一環として行われる全館停電である。全館停電は施設が休みの日に行われる。多くの職員にとっては、名前を聞いたことがあるだけで体験はしたことのない幻のイベント。だが、ぼくのようにサーバ周りで仕事をしていると休日出勤を余儀なくされる一大事なのである。
 復電後の作業を行うために休日の職場へと向かった。普段は多くの人で賑わう敷地には誰もいない。休日入館用の裏口では業者らしき人々が太くて長い電線を運んだりしていた。普段とは違う様子を横目にぼくは自分の部屋へと向かった。
 休日入館口は地下への通路へとつながっている。古い蛍光灯がまばらにあるだけなので普段でも薄暗い通路なのだが、今日はすべての照明が消えていた。ぼくのくぐってきた入り口から差し込む光が唯一の光源だった。一歩進むごとに闇が深くなっていくのを感じる。
 廊下の一番奥にあるエレベーターを目指していた。この時間ならたしか停電は終わっているはずである。照明が消えているのは誰もスイッチを付けていないからに違いない。
 エレベーターの階数を示す明かりだけが暗い廊下の突き当りでオレンジ色に光っていた。その明かりに誘われるようにぼくは進んでいった。エレベーターの前は呼び出しボタンの位置がわからないほどの闇に包まれていた。
 手探りでボタンを探し当て押した。エレベーターはちょうど地下1階にいたのですぐに扉が開く音がした。
 エレベーターからは優しい光が溢れてくるものだと信じていた。でも開いた扉の向こうは、ぼくが立っている場所よりも深い闇に包まれていた。
 闇を見つめてぼくは思う。「このエレベーターは本当に動くのだろうか?扉が開いたから復電はしているようだが、まだ点検中なのかもしれない。勝手に動かしたら業者に迷惑がかかってしまうだろうか?」理屈っぽく理由を列挙しているが、どれも言い訳でしかない。
 作業の影響で途中で止まるかもしれない真っ暗なエレベーターに足を踏み入れる勇気がなかったのだ。暗いのも怖いが、それと同じぐらい閉じ込められても助けを求められないという恐怖があった。
 エレベーターを使うのは諦めた。目的地は9階だが、心の安寧を得るために階段を選んだ。
 エレベーターの脇に階段へと通じる扉があるはずだ。でも、この暗さでは見えない。カバンから自転車用のライトを取り出しあたりを照らす。すぐ横にあった冷たく重い鉄扉を開けてエレベーターの中よりも更に闇が深い階段へと踏み込んでいった。
 ぼくの後ろで鉄扉が閉まると深い深い闇がぼくを包み込んだ。暗いところに慣れていないので完全に前後不覚である。確かに目を開いているのに目隠しをされたかのようなよろめきを感じる。LEDの白い明かりだけが頼りである。
 長く暗い9階への旅は、1段1段登っていくごとに普段いかに電気に頼っているかをぼくに思い知らせることとなった。