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廃墟になるまでの時間

by 唐草 [2018/09/11]



 「はい、人類は滅んでしまいましたー!この荒廃した世界で何をする?」みたいな世界設定が好きだ。
 摩天楼は崩れ去り有機的な死体のように鉄骨を露わにしている。都市は緑に覆い尽くされ、その根本にかすかな痕跡を残すだけ。汚染された不毛の地は、異型の動物たちで溢れている。残された土地を巡って、人は未だに血を流し続けている。争いの傍らで風が砂を運び、静かに文明の痕跡を埋めていく。
 こんな感じのいわゆるポストアポカリプスというやつ。ぼくがSFに求める要素では、タイムトラベルに次ぐ不動の第2位を維持している。とは言え、実際にそんな世界へ行ってみたいというわけではない。廃墟マニアがまばゆく明るい都市でヌクヌクと暮らしているのと同じように、安全地帯に暮らしているからこそ生まれるの憧れなのである。厚く丈夫なガラスを隔てて荒廃した世界を眺めたいだけなのだ。
 これまでに様々なポストアポカリプス系の作品を見たり、読んだり、遊んだりしてきた。フィクションの中で人間文明が滅ぶ理由の多くは戦争である。まぁ、今、地球上で発展した文明を壊せる力を持つのものは人間しかいないだろう。では、明日ちょっとした勘違いが2,3重なってICBMの描く飛行機雲が空を埋め尽くしたとしよう。
 アポカリプスのスタートだ。
 その瞬間をアポカリプス元年の元日としたとして、どれくらい経てばSFでよくありがちな崩壊した世界がやってくるのだろう。ぼくが気になっているのは、映画映するような、ぼくのイメージに近いのは『風の谷のナウシカ』のようないい具合の崩壊までに必要な時間である。
 数年では都市が樹に埋まることはないだろう。でも、数千年したらむき出しの金属が腐食しきって跡形もなくなっているだろう。きっと短すぎても長すぎてもダメなはずだ。美味しそうなキツネ色のケーキを焼くのに適切な焼き時間があるのと同じように、美しい崩壊にも適切な時間があるに違いない。
 ゲームの話ばかりで引き出しの狭さが露呈してしまうが、Falloutシリーズは崩壊から約200年、Horizonは約960年と設定されていた。
 未来のことを想像するのは難しいが、過去の事実を確認するのは容易いことだ。今から200年前、つまり1818年のものはどれくらい残っているだろう。江戸の後期で文化18年になるらしい。そのぐらいのものは、建物にしろ工芸品にしろ手入れされていれば結構残っている。200年というのは、いい具合の崩壊には短すぎるかもしれない。
 では、960年前の1058年はどうだろう?平安時代後期である。日本の建造物は木造が多いので、軒並み消失している。ヨーロッパは中世のど真ん中ぐらいだ。調べたところ十字軍の前らしい。古くからの石造りの教会などは残っているだろう。960年も崩壊には短いのかもしれない。
 石の文明は残りやすいので崩壊に時間がかかるのかもしれないが、ローマ時代のコロッセウムとか水道橋が残っているし、ピラミッドだって残っている。人類の足跡をいい具合に消し去るには、思いの外時間が必要なのかもしれない。