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髪を切る(2017夏編)

by 唐草 [2017/09/06]



 ここの記事を「髪を」というワードで検索すると「やっと髪を切りにいけた」というような文章で始まる記事が複数ヒットする。まるで枕詞のようだ。
 今日の記事も今のぼくが感じている素直な感想である「やっと髪を切りにいけた」という言葉で始めようかと思ったのだが、バカのひとつ覚えで成長が感じられないのでやめにした。
 なにか別の言葉で今の気持ちを表現できないだろうか?他の表現を求めて頭の中の言葉の引き出しを引っかき回してみるが、どの引き出しも中身が入っていないので適切な語など見つかるわけもなかった。
 理髪店から帰ってきて一番に思う事は、いつだって数ヶ月ぶりに髪を切りに行けたという達成感が一番強いのだ。その達成感が、毎度のように「やっと髪を切りにいけた」という単純な感想に繋がる。イメチェンができたとかオシャレ度がアップしたとかそういう外見的な変化への満足感はほとんど無い。もちろん髪が短く整えられたことに喜びは感じている。それは、無秩序に伸びた前髪の毛先が目に入らなくなったという事実に喜んでいるだけに過ぎない。
 散髪が嫌いなのかと言うとそうでは無いと思う。サッパリスッキリするのは間違いない。理髪店からの帰路は、いつだって足取りが軽い。この軽さは、頭髪が5cmぐらい短くなったせいだけではないはずだ。そこには間違いなく満足感がある。
 それなのになぜ足繁く散髪に行かないのだろうか?だいたい3ヶ月か4ヶ月に1度しか行かない。それも前髪が伸びすぎて視界の確保に苦慮するようになって初めて重い腰を上げる。オシャレさの欠片もない行動基準である。
 よく分からないが、誰にでも何となく面倒に感じてしまうことがあるだろう。ぼくの場合、それが散髪だったと言うことなのか?いや違う、たぶん1時間近くにわたって鏡の前に座らせられるのがイヤなんだろう。小さい頃から鏡ってなんか苦手なんだよな。鏡のない理髪店ってないものだろうか?「鏡のない理髪店」って言葉って、なんだかホラー小説のタイトルみたいだなぁ。

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